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モンゴルでの取り組み — もともと、海外展開は重要戦略のひとつ

いま、エアロネクストはモンゴル国において、JICA「中小企業・SDGsビジネス支援事業」に2年連続で採択され、「医療品の定期ドローン配送網の構築」を目指す取り組みを進めています。今回は、エアロネクストの海外展開について、これまでの取り組みも振り返りながら紹介します。

「新スマート物流 in モンゴル」のあらすじ

エアロネクストは2023年9月、モンゴルの大手投資会社Newcom Group、セイノーホールディングス、KDDIスマートドローンとの4者で、モンゴル国の首都ウランバートル市で「新スマート物流シンポジウム」を開催し、この4者に加え、JICA(国際協力機構)、モンゴルの国立輸血センターなどと、「モンゴル新スマート物流推進ワーキンググループ」を発足したことを発表しました。

そして同年11月、本ワーキンググループの活動の第一歩として、ウランバートル市街地上空を横断して輸血センターから医療機関へドローンで血液を運ぶ、実証実験を実施しました。標高1,300メートル、外気温−15°という非常に過酷な環境下で、しかも首都の市街地という有人地帯上空での自動航行に成功したということで、日本からも大きな反響をいただきました。

【2023年11月13日実証実験】ウランバートル市内を血液を載せて飛行する物流専用ドローンAirTruck

こうした一連の取り組みは、エアロネクストが採択されたJICAの2022年度「中小企業・SDGsビジネス支援事業」のニーズ確認調査の枠組みで実施したものでしたが、2024年1月には、2023年度も同事業に2年連続で採択が決定。2025年6月まで約1年半の予定で、前年度に確認したニーズに基づき、ビジネスモデルの構築やドローンの運航体制確立に向けた「ビジネス化実証事業」に取り組むことになりました。

一方で、同時期に日本国内では、2023年12月に新設された「レベル3.5」飛行によるドローン配送を日本で初めて北海道上士幌町で実施。2024年1月6日から約10日間、能登半島地震の発災直後の被災地で、エアロネクスト技術部およびNEXT DELIVERY運航部で組成したチームが、医薬品のドローン配送を行うといった大きな出来事もありました。

【2023年12月日本初レベル3.5飛行】山梨県小菅村からの遠隔運航の様子と着陸側の映像をライブ中継
【2024年1月】能登半島地震の被災地へ処方薬をドローン配送

私たちの基本スタンスは、あくまでも日本国内での災害対策をはじめとする新たなプロジェクトや、既存事業である新スマート物流の推進を最優先に取り組みながら、海外での実証事業も地道に進めていくというものですが、ウランバートルでの市街地上空飛行の成功体験は、国内で挑戦し続けていくうえでも大きな財産になっています。

コロナ禍と米中対立のなかで

「なぜ、モンゴルなのだろう」と、疑問に思われる方も多いようです。しかし、それ以前に「なぜ、海外なのだろう」と思われる方も多いのではないでしょうか。

実は、私たちは創業して間もない頃から、「海外展開は重要戦略のひとつ」と考えてきました。なぜならエアロネクストが、少人数で成果を最大化する「IP経営」を掲げ、特許ポートフォリオを構築する「知財戦略」を実行している企業だからです。国内マーケットしか見ないという限定的な選択肢は、中長期的にはそもそもあり得ないのです。

「事業をグローバルなエコシステムに結合するための海外展開の足場」として、最初に着目したのは、中国・深圳市です。かつて小さな漁村だった深圳は、中国の「改革開放」政策のもと、約30年で“中国のシリコンバレー”といわれるハイテク都市へと生まれ変わっていました。DJIの本社もあるため“ドローンの聖地”と呼ばれることもありますが、当時の深圳はバイドゥ(百度)、アリババ、テンセント、ファーウェイの頭文字を取って「BATH」と呼ばれる大手IT企業が本社や拠点を構え、キャッシュレス決済や、フードデリバリー、シェアリングエコノミーなど、さまざまなリープフロッグ現象が起き続けており、イノベーション人材の宝庫としても台頭していたのです。

そんな深圳に2015年頃からいち早く注目して、現地で起業し、日本の自治体関係者や日系企業の深圳での視察・商談のアレンジ、現地企業とのコミュニケーションサポートを含む事業開発支援などを行なっていたのが、現在はエアロネクストのグローバルビジネスをリードする川ノ上和文です。2000年代から北京、上海、台湾、深圳での留学・就労・起業経験を持ち、現場叩き上げで中華圏ビジネスへの造詣を深めてきた“知る人ぞ知る”稀有な人物です。

そんな川ノ上との出会いから、エアロネクストは2018年、中国の深圳市で開催された国際ピッチ大会「創業之星2018」の決勝大会に日本企業として初めて出場しました。結果は、スタートアップ部門第3位と、同時に、この年で11回目となる「創業之星」に新設された知的財産賞もダブル受賞し、中国でのビジネス展開に手応えを感じることができました。

【2018年11月】「創業之星2018」の決勝大会受賞後の写真。左から3番目が川ノ上。

また、同時期に訪れた深圳のドローン企業の視察では、研究所とテストフィールドが併設された“爆速開発”を目の当たりにし、「日本だけでやっていては、ますます差が広がってしまう」という強い危機感を感じたのも事実です。

そこで2019年には深圳市にエアロネクストの中国法人を設立。総経理(現地法人社長)には川ノ上が就任。その後エアロネクストとして立て続けにドイツのベルリンで開催されたIFAや米国のラスベガスCESにも出展し、「さあこれから」というときでした。2020年明けすぐにCOVID-19の世界的大流行(パンデミック)に直面し、海外展開にもブレーキをかけざるを得ない状況に陥ってしまったのです。

さらに、2020年12月にはDJIがアメリカの禁輸リスト(エンティティリスト)に加えられるなど、米中対立が深まるなかでドローン産業における“アンチチャイナ”も加速の一途を辿っています。欧米か中国かという二項対立的なグローバルトレンドに飲み込まれる形で、エアロネクストの海外展開は、再び模索を続けることになりました。

「新興国」×「リープフロッグ」という視点

そんななか、急浮上したのがモンゴル。これは長年、中国における「一帯一路」政策やスタートアップの動向、「リープフロッグ」の最新動向を追い続けてきた、川ノ上ならではの着眼といえます。

東アジアに位置し資源国でもあるモンゴルは、地政学的には、中露に挟まれた民主国家であり日本の外交先としても重要であり、かつJICAも病院、学校、新空港など都市インフラに加え、教育や農業での支援を長年行ってきており、日本への信頼感が高い親日国の一つです。日本式教育である高専の初の海外展開先でもあり、すでに3校にまで広がり日本で活躍する卒業生も輩出しています。ここ数年は海外を経験した若者達がスタートアップを立ち上げ、金融、医療、教育などの分野でリープフロッグが起き始めており、それらのスタートアップの一部が、文化的に近いカザフスタン、キルギスなど、中央アジアに挑戦する事例も出始めています。

また、首都ウランバートルは、遊牧民が一気に定住したため人口が急増した一方で、交通、道路、物流、電気といった社会インフラの整備が追いついていません。また、中間層の所得水準が向上して中古車マーケットが急拡大したことも一因として、盆地である市街地は深刻な交通渋滞、大気汚染に直面しています。

ウランバートル市内の渋滞の様子

こうした社会課題は、ウランバートル市内の医療現場にも、大きく支障をきたすほど差し迫っていました。また、モンゴルは鉱山資源やカシミヤが豊富で輸出産業となっていますが、生活用品の多くは輸入に依存しており、輸出につながる新しい産業の創出として、ドローン産業への期待があることも分かってきました。

「モンゴルは当社にとって、国内の知見・経験を活かして都市型ソリューションを探索する絶好の場所になるかもしれない」(川ノ上)。既存の交通・物流インフラである陸路の整備よりも、新たな交通・物流インフラとしての空路の活用が先行する、「リープフロッグ」がドローン分野で起こせる可能性が高いと考えたのです。

日本側とモンゴル側のスタッフ“OneTeam”に

実際に、モンゴル進出に舵を切るには、最低でも2つのことが必要不可欠でした。1つは、切実かつ明確なユースケース開拓。もう1つは、タッグを組める現地パートナーの発掘です。

実は、2023年11月に実施したウランバートル市での実証実験は、輸血センター長であるERDENEBAYAR Namijil(エルデネバヤル・ナムジル)氏の熱い想いから始まりました。ナムジル氏はかつて、自らエンジニアを集めドローンを製作して、空路での輸送を試みたけれども、機体の細かな調整や運航体制の構築などが難しく、断腸の想いで諦めたという経験があったのです。

なぜここまでしようとしたのか。ウランバートル市内では通勤ラッシュアワーには車で20分のところが3〜4時間かかることもあるため、血液製剤を届ける救急車が渋滞につかまってしまうことで救急対応への配車に影響が出ていました。さらに、ドライバーと共に同乗している看護師が本来の医療サービスにさける時間が大幅に減少しているだけでなく、血液の輸送はほぼ毎日のルーティン業務で、これが看護師にとって定常的な過重労働に繋がっているという現状が、病院へのヒアリングで見えてきました。

ウランバートル市内で渋滞をすり抜けるように運転をしている救急車

「ドローンで渋滞を回避して血液を届けたい」という切実かつ明確なニーズに、ぜひ応えたい。気持ち的には即決でしたが、我々のようなスタートアップが単体で、海外で定常運航サービスを提供してマーケットを確立することは困難です。また「ドローンだけ」では、物流インフラとしては不完全なので、「スマート物流」という新たなソリューションの構成要素として、ドローンの社会実装を進める必要もあります。

つまり、現地パートナーが必要不可欠なわけですが、川ノ上がモンゴル入りして地道に現地ネットワークを開拓したことで、物流及びドローン事業に関心があるという大手投資会社Newcom Groupとつながることができました。Newcom Groupは、通信、エネルギー、不動産開発など、国のインフラとなる産業の構築を推進してきた企業で、日本企業との連携実績も豊富です。特に国際航空事業はANAの支援を受け挑戦しており、CEOのB.Baatarmunkh(B.バータルムンフ)氏は、航空機パイロットとしての就労経験もあることから、ドローンを活用した新たなインフラの整備に対しても、非常に前向きでした。

【2023年11月血液輸送の実証実験時】エアロネクスト代表取締役CEO田路(左)、Newcom GroupのB.Baatarmunkh(B.バータルムンフ)氏(中央)、国立輸血センター長のERDENEBAYAR Namijil(エルデネバヤルナムジル)氏(右)

このようにして、事業の座組みや現地の体制を整えつつ、「実際にドローンを飛ばせるかどうか」については、運航部や技術部が主体となって真剣に議論を重ねました。標高1,300メートルという気圧が低く、外気温が−40°まで下がることもあるウランバートルの、しかも日本ではレベル4に該当する市街地上空で、往復9.5kmの距離を、通信なども問題なく、遠隔運航管理と自動航行できるのかは未知の領域でありました。

前々回のブログ「最強の運航チーム」でも記述した通り、NEXT DELIVERYの取締役で運航統括責任者の青木率いる運航部のメンバーは、日本全国で新スマート物流SkyHub®のドローン物流を担っており、さまざまな場所や環境下で運航スキルを磨いています。最終的には、青木とチームメンバーが現地を歩いて調査して、基地局アンテナの向きやビルの高度といった通信環境への配慮、万が一の落下リスクまで考え尽くして、飛行ルートの設計をしました。

また技術部も、プロペラ回転数やバッテリー消費など想定される事象について、日本で入念に検証して対策を施しておくなどの事前準備を行ったうえで、現地には技術責任者の内藤が同行して対応しました。現地の運航では、これまで日本とは全く異なる「寒冷地」ならではの事象への対応が次々と求められ、例えば寒さで反り返ってしまった機体の補修措置や、フライト直前まで適切に機体とバッテリーを温度管理するための対策など、数多くのトラブルシューティングを臨機応変に行いました。

【2023年11月血液輸送の実証実験時】外気温−15°の中、機体を冷やさないよう車内へ運ぶ運航部の青木(右)と技術部の内藤(左)。フライト直前まで室内や車内で機体とバッテリーを保温していた。

そして、現地入りしたメンバーを、モンゴル側の関係者の方々は、熱量高くサポートしてくださったのです。モンゴル国内では、土地測量地図データが開示されていなかったのですが、現地の行政機関との強いネットワークを持つJICAからの後押しにより、土地測量地図庁と接触し、事業の社会的意義を説明。結果的に「モンゴル人の命に関わることなので協力は惜しまない」、と特別に該当エリアにおける数値標高モデル(DEM; Digital Elevation Model)の提供を受け、フライトプランを作成できたことは、象徴的な出来事のひとつです。このほかにもNewcom Groupは、早期から民航庁やウランバートル市との調整に動く、多数の補助員を手配するなど尽力してくれました。

また現場でも、補助員の方が主体的に運航チームにコミュニケーションして安全運航に向けて動く、補助員と運航チームの言葉の壁の問題に気づいて、運航中の通訳を担える最適な人材を手配する、その方が運航中もタイムロスなく必要最低限の情報を運航チームに渡してくれる、リハーサルの時間がずれても「モンゴルのためになるから」と、寒い中みんなが現場から離れず待機してくれる、現地の移動を手伝ってドライバーの方が機転を利かせて、車内で機体を温め続けるなど、日本側とモンゴル側のスタッフが共に「モンゴルの社会課題解決のために」と、“OneTeam”となって自律的に動けたこと、そして先回りして問題の芽をつぶすことができたことが、初年度実証事業成功の礎になっています。

【2023年11月血液輸送の実証実験時】大活躍の補助員の皆さん

日本からも、新スマート物流を共同開発したセイノーホールディングス執行役員の河合秀治氏が、過密なスケジュールの合間を縫って現場視察に訪れてくださったり、KDDIスマートドローンの代表取締役社長の博野雅文氏が実証の現場に立ち合って、日本にいる運航管理システム開発メンバーとの調整に自ら奔走してくださったりと、心強いサポートをいただきました。

【2023年11月血液輸送の実証実験時】ウランバートル市街地上空を横断飛行した血液製剤のドローン輸送に成功した直後の様子(ウランバートル市 国立輸血センターにて)

ビジネス化実証事業、本格始動

これから、JICA支援事業として2年度目となる「ビジネス化実証事業」が本格的に始動します。実は、実証事業始動前の2024年1月から3月にかけて、昨年11月には正式に業務提携を締結したNewcom Groupから高専出身エンジニアを日本での新スマート物流SkyHub®の初実装場所である山梨県・小菅村に受け入れ、2ヶ月間の研修を行っていました。彼がモンゴルに戻り、2024年5月から7月には、モンゴル国内で初となるドローンの商用飛行ライセンス取得を目指し、運航部とNewcom Groupが協働して取り組むなど、具体的なプロジェクトが走り始めました(2024年6月27日に取得済)。8月には、Newcom Groupがドローン事業の主体として設立したMSDD(Mongolia Smart Drone Delivery) 運航チームによる、昨年11月の実証実験で飛行した「国立輸血センター〜日本モンゴル病院」間ルートの実運用がスタートしました。他方、血液製剤のみならず、医療分野では検体の輸送や、フードデリバリーなども一定の需要があることを確認しています。

Newcom Groupの高専出身エンジニアが新スマート物流SkyHub®の初実装場所である山梨県・小菅村にて研修している様子
【2024年5月】日本で研修したエンジニアがリモートパイロットとなり商用飛行ライセンス取得のため必要なデモフライトを実施している様子(ウランバートル市 国立輸血センターにて)

商用ドローンの活用について、インフラも法整備もこれから整えるフェーズにあるモンゴルでの事業は、価値観や進め方の違いに困惑するシーンも少なくありませんが、Newcom Groupと協働してリープフロッグを起こすことができれば、グローバルでの注目度向上や、モンゴルでの実績を日本国内に還元する「リバース・イノベーション」も期待できます。

日本国内では2024年、新スマート物流SkyHub®のノウハウやツール、オペレーションの一部を第三者にライセンス提供する「SkyHub® Provider License」の契約を開始し、2024年2月にはSPL契約第一号として大分県の株式会社中津急行との契約、7月には第二号として山梨県の富岳通運株式会社との契約を締結しました。

また、2024年1月に起きた能登半島地震を機に、「有事でのドローンの有用性」があらためて認識され、いま政府も大きく動いています。2024年5月には内閣府規制改革推進会議で、各都道府県及び市町村の 「地域防災計画」に、災害対策の手段としてドローンを活用した現地調査や物資輸送等を位置づける要請が発出され、6月には「防災基本計画」を修正し、「災害時の状況把握や物資輸送に高性能ドローンなどの無人飛行機を活用する」と明記されました。このような動きを受けて当社では、能登半島地震での医療品ドローン配送の経験も踏まえ、平時または有事を問わず、ドローン活用したフェーズフリー型 統合ソリューションの構築が必要と考え、「SkyHub® Emergency Package」の開発を進めています。

このようにエアロネクスト、NEXT DELIVERYは、日本国内のドローン物流における最先端の取り組みに寄与するなかで、知財、技術、サービスを磨き続けており、これらをベースに新スマート物流SkyHub®の社会実装を推し進めています。

【2024年7月】新スマート物流SkyHub®の社会実装フェーズに入った自治体としては全国で11番目となる北海道新十津川町で社会実装がスタート

2024年からは国外においても、能登半島地震での医薬品ドローン配送の実績も含め、日本国内でのSkyHub®事業推進から得られた知見や経験を結集し、事業を推進してまいります。まずはモンゴルの方々が、自国のニーズや商習慣などに合ったサービスを確立できるよう、現地の技術・運航チームの育成、ドローン配送サービスの基盤づくり、法整備など多くの取り組みを、モンゴル展開パートナーであるNewcom Groupをはじめとする現地の方々と共同で進めています。今後も当社の国内外の動きに、ぜひご注目ください。